2002.03.09掲載 松下さん

 

 こんにちは。くさぶえの松下です。

 私は、くさぶえの中では現在練習部に所属し、アルトパートのお世話をしています。家族は夫と3人の子供がおります。

 くさぶえ歴はかれこれ20年を過ぎましたので、メンバーの中では長い方の一人です。しかし、こんなに長く続くとは、自分でも思っても いませんでした。前に所属していた合唱団にすぐ戻る自信がなかったので、地域で手軽に入れる合唱団を探して、声ならしのつもりで、 くさぶえに入りました。それがいまだに続いているというのは、不思議でもあります。

 そもそも私と合唱との出会いは、学生時代に学内の混声合唱団に入ったことから始まりました。そこで、ともに歌う事の楽しさと、 心を動かす合唱の醍醐味を知りました。歌う仲間は一人一人輝いていてとても素敵でした。東京に就職したのを機会に、先輩達が入っていた 合唱団白樺の研究生にすぐ入り、半年の研究生終了と同時に白樺に入団しました。

 しかし、仕事が交替勤務であったり、残業が続いたりして、おまけに当時は地方公演などもあり、出席ができにくくなり、 三年程で退団しました。その後は仕事と子育てに追われ、子供とうたを歌う程度で、合唱の機会はありませんでした。

 その後、下の子供が小学校に入学するのを機会に、自分の時間を持ちたいと言う思いと、歌いたいという願いで、 合唱団くさぶえに入りました。仕事が相変わらず忙しく、開始時間には遅れて参加することが多かったのですが、くさぶえの仲間は、 殆どが社会人で、お互いに仕事を理解していることもあり、やさしく包んでくれたので、遅くなりながらも続けることができました。

 入団してまもなくの頃、第1回の演奏会「旅立ちコンサート」がありました。この初めての演奏会は、家族や友人が聴きにきて、 ファミリー的でなごやかなコンサートだったのを記憶しています。当時、団員は17〜18名で、歌はあまり上手ではありませんでしたが、 歌への思いやエネルギーは人一倍あり、団の運営や選曲など熱心に相談していました。

 それからの私は、仕事・家事・子育て・合唱など、自分で選んだ道をまい進し、有意義な時を重ねて来ました。 健康づくりの上でも歌いつづけたことは良かったと思っています。

 この20年、紆余曲折はありましたが、腰掛けのつもりで入った合唱団だったのに、一度もくさぶえを辞めようとは思いませんでした。 それは、なんだったのでしょうか。

 その一つは“くさぶえの魅力”に取り付かれたからだと思います。団員はそれぞれ、自分を大事にし、古い人も新しい人も 一団員として尊重する気風が、はじめからありました。一人一人を大事にすることは、あたりまえのことではありますが、 なかなかムズカシイ事です。特に、若い新しい人たちが団にすぐなじみ、団の仕事を率先して引き受けアイデアを提供する姿を見るにつけ、 私はいつもそう思い、嬉しくなります。

 もう一つは、合唱が持つ、一人一人の声を寄り合わせてハーモニーを作っていくという作業は、一人一人の歌う姿勢が大事ですが、 その点で、団員は皆んなそれぞれの目標に向かって、歌に真摯でまじめに取組んでいる姿が見えることです。一回一回の練習を とても大切にすると言うのが団の特徴です。それは、指揮者内田功先生の指導の成果でもあり、歌に対する洞察力や音を 大切にする・音楽で表現することへのするどい追求があります。発声や音づくり・言葉をとても大切にし、歌い手のことを良く 考えてくれるので、1年2年と積み上げていくうちに皆とてもうまくなっているのです。先生の指揮にかかると皆んな はまってしまうと言う魅力を持っています。私たちは指揮者に恵まれた合唱団と言えます。これがくさぶえに留まった大きな理由の 一つです。

 そして、合唱団員は皆とても仲良しです。年二回の練習合宿のほかに、恒例のお花見やお楽しみ合宿・歌声喫茶・温泉ツアーなど その時々いろんな提案があり、遊ぶのも好きです。20代から60代までそれぞれの人生を重ねて、一人一人が生きることに意欲的です。 そんなくさぶえの仲間が私は大好きです。私はこれからも心を揺り動かす生命力のある歌を歌い続けていきたいと願っています。

 その他にもくさぶえの魅力はいろいろありますが、それは次の人にお話してもらいます。

 「百聞一見に如かず」とにかく一度見学にきてください。合唱経験のある人も、全く初めての人も、年齢も問いません。 一緒に歌いましょう。ぜひ、顔を出してください。あなたの参加をお待ちしてまーす。

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