2016.8.25 掲載 E.Mさん

♪これからも合唱団「くさぶえ」と共に♪ ソプラノE.M

  私が合唱団「くさぶえ」に入団したのは20代の終わりで、もうすぐ30才になろうとしていた頃です。あれから35年が過ぎますが、この間、仕事の都合や病気等の理由で休団したり退団したりしましたので、在団していた年数は半分位です。くさぶえから離れていても、いつも頭の隅には「くさぶえ」がありました。それは、くさぶえが合唱集団としても人間集団としても魅力のある集団だったからですし、そこには私の求めていたものがあったからです。私はくさぶえで歌う歌や仲間に、どんなに励まされ・支えられたかわかりません。時々、くさぶえという合唱団と出会っていなかったら、どんな生き方や人生を過ごしてい ただろうかと、思うこともあります。

3年前、合唱団「くさぶえ」は新たな旅立ちをしました。団員数は最盛期の頃の半分弱になり、団員の年齢も高いですが、創立当時の精神は受け継がれ、歌への姿勢・情熱は変わらず、むしろ高まってきているように思います。表現力も、元気で真っ直ぐな歌声の他に、言葉の意味を声で表現出来るまでに高まってきています。今年1月末に行った18回演奏会は、大成功を収めることができ、「新生くさぶえ」の誕生を証明できました。演奏会から7か月が過ぎますが、団員の歌に向かう姿勢・情熱は高まるばかりで、更なる高みを目指して練習に励んでいます。私はそんな合唱団「くさぶえ」が益々好きになって来ており、他の団員と一緒に「くさぶえの歌創り」の一員であることに大満足しています。

7月より、23年前(第8回演奏会の時)に歌った混声合唱組曲「生命の木 空へ」に、再度取り組んでいます。当時一緒に歌った仲間は5人程しかいませんが、私は当時の練習がとても大変だったことを強く思い出します。あの頃、林光氏の作曲した歌にはほとんど馴染みがなかった為、自分の力のなさを棚に上げて、「なんて難しい音・取りにくい音を使うの!」と、不満タラタラの練習でした。それでも、上手な人の声を頼りに必死に練習を頑張りました。あの時のあの苦労の甲斐があったからなのでしょうか、結構覚えている部分も多く、この歌詞になぜこんな音が付けられているのかの説明もよく理解でき、音色を感じながら、少しだけ余裕のある練習が出来ています。今回は、自分なりの「生命の木 空へ」が歌えたらいいなあと思っています。

健康の続く限り、合唱団「くさぶえ」に通い続け、「くさぶえ」と共にありたいと思っています。

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